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ぼくは妹のとなりに座って「どうしてお母さんが死んじゃうんだい?」とゆっくり聞いてみた。そうすると妹が「お母さんが死んじゃう」と言ったのは、「いつの日かお母さんが死んじゃう」ということであるということがわかった。
森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』
小さい頃、「ママがいつか死ぬこと」についてよく考えた。そんなことを考えるときは、たいてい夜で、決まって父も母も弟も眠りこけた暗闇の中にいた。
考えれば考えるほど、そのことがまぶたの裏をいっぱいにして、横で浅くいびきをかく母の、ズボンからはみ出た脇腹にしがみついて静かに泣いた。
すると、母は私をギュッと抱き寄せ、夏ならコットンのTシャツに、冬ならフリースのパジャマに鼻水と涙を擦り付けているうちに気がついたら眠ってしまう。
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夏休みは大抵、田舎の祖父母の家に帰省する。
8月に入ると、広島出身の祖母が原爆の話をしてくれる。
顔をしかめて涙を流しながら、お決まりの「公衆浴場に入っていたら爆風でガラスが飛び散った」という話をする祖母に、あるときこんな疑問を投げかけてみたことがある。
「ばあちゃんは死ぬのは怖くないの?」
すると祖母はこう答えた。
「歳をとるとねぇ、人生のいろんな部分に満足したり、諦めたりするから、死ぬことなんて怖くないんよ」
歳をとると死ぬことが怖くなくなる!!ユリイカ!!!
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思春期。自分が死ぬことが怖くなる。
夜眠る前に突然死に首根っこを掴まれる。
「私は絶対いつか死ぬ」
その事実だけでアホみたいに泣ける。
歳をとると死ぬことが怖くなった。
私は1人、涙で枕を濡らす。
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じいちゃんが死ぬ。アルツハイマー型認知症になったばあちゃんは、布がかぶせられたじいちゃんの顔を座布団と勘違いして思い切り尻にしいてしまう。お葬式でばあちゃんが、ひいじいちゃんの名前を呼んで泣くから「これはばあちゃんのお父さんじゃなくて夫なんだよ」というとばあちゃんは「そうなんか、お姉ちゃん、ありがとお」と笑顔で答えてまた泣いた。
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恋人ができた。
夜、先に眠ってしまった恋人が死んでしまったらどうしようと思って、口を押さえて嗚咽する。
眠る恋人の手に自分の手を絡めてみると、ギュッと握り返されてその力強さに安心して顔をすり寄せ眠る。
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子どもが生まれた。私は動物になる。
睡眠は夜という固定概念は崩され空き時間で眠る日々。
夜中に乳房に子どもの顔を押し当てながら、眠る夫を睨む。
窓の隙間から入った外灯の光が私の瞳に膜をはった涙に反射する。
涙がこぼれないようにグッと顔に力を入れて天井を眺める。
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眠れない日々は過ぎ去った。
左腕には子どもの頭が乗っている。私はゆっくり頭を上げ、私の腕の形に沿って変形した頬を上から眺める。額には汗で産毛がへばりついていて、ふっくらした手の指の付け根は小さく凹んでいる。
この子がいつか、絶対死んでしまうなんて、そんなひどいことが本当にまかり通るのだろうか?
目頭が熱くなる。
緩やかな鼻筋を少しなでる。
小さな背中を体でギュッと包むと鬱陶しそうに押しのけられる。
「ごめんごめん」
小声でそう言いながら、そっと手を抜いてタオルケットをかける。
私は、お母さんなのだ。